東北へ。

これから、東北へボランティアに行ってきます。
震災後、初めての東北。
いつか行かなくてはと思いながら、なかなか決心がつかず、
タイミングも訪れず。
あの日から一年二ヶ月が経ちました。

あの日以前とは、僕の中の何かが決定的に変わってしまっている気がします。
もしかしたら、そうでなくとも、何かのきっかけで変わっていたかもしれません。
だけど、あの日以降降りつもってる“モヤモヤ”は確実に存在していて、
それを抱えたまま今も日々を過ごしています。

震災により、大切にしたいものがより浮き上がってきました。
というより、震災以降の日々の中で、あらゆる情報、言葉に
触れる中で、自然と浮き上がってきました。

変わらない流れにイライラしたり、もどかしくも思ったり。
やはり僕は、今のままでは、いけないし、いかないと思います。

出来れば、触れたくない、みたくない、指摘されたくない、話したくない、
そんな、心の奥底にある深い部分に、触れなきゃ先に進めないことも
あるんだと思います。

やりすごせない、やりすごすことで、悪化するものもあるんだと思います。

それに触れることは、つらいし、苦しいし、逃げたいし、考えたくもない、
そんなものを抱えながら、蓋をしてしまっていることもあると思います。

だけど、いつか向き合わなければいけないこともあると思います。

そんな、向き合わなければならなかったところに、正面から向き合ってみたいと思います。

正直、とても複雑な気分です。

行きたい、行きなくないのどちらでもなく、
ただ、とにかく、行ってきます。

決心がつき、タイミングが巡ってきました。

ネット越しの情報、テレビを通してみた光景、人から聞いた話。

自分の目で見て、耳で聞いて、肌で感じてこようと思います。
自分の体で感じてこようと思います。

少し、緊張しています。

5月31日までではありますが、その中で、これから先にも繋がっていくような
きっかけや、何かを持ってこれたらなと思います。

あの日から降り積もっている、深い部分に触れてこようと思います。

それでは、気をつけて行ってきます。

2012年

新年あけましておめでとうございます。
2012年もどうぞよろしくお願いします。

2011年は、個人的にも社会的にも大きな変化があり、転換期となった気がします。
その延長線上での2012年も刻々と変わっていくのでしょうか。
今年も自分なりに動いていこうと思います。

年明け早々ですが、明日からオーストラリアに行ってきます。
二ヶ月前からまだかまだかと待ちわびていたので、明後日の到着がとても楽しみです。
一週間の滞在ですが、充実した楽しい時間にしたいなと思います。

どんな時間になるのか、ワクワクしています。

それでは、いつもより早めに寝ます。
いってきます。
また後ほど。

“何か”の存在、について。

0か1ではなく、0と1の間、もしくは2、あるいは3。

そこを探り、揺り動かし、そこから考え出すことに、可能性を感じる。

そこを考えてみることにより、今までみえていなかった“何か”がみえてくることがあるはずだ、と思っている。
 

“何か”が存在するということ自体、しばらく僕は忘れてしまっていたのかもしれない。

その存在を、ふと思い出させてくれた。

その“何か”が存在している世界は、すごく豊かで穏やかな世界だった。

僕はその中にありたいと思う。

そして、それを守り育てていきたい。

その中で、“何か”を抱き、想いつづけ、“何か”に対して、僕の中にある“何か”を少しでも捧げられれば。

僕と“何か”が解け合って、そのあいだに新しい“何か”が育っていったらなと。

僕は“何か”と、身を委ね、共有して生きていきたい。

今、その存在に心から感謝しています。

2011年10月半ばに考えていること。

10月半ば。

暑さはいつの間にか過ぎ去って、大分過ごしやすくなった。
朝晩は肌寒いほどに。
虫の音も聞こえる。

なんだか、実感がない。
まだ半年あるのか、半年しかないのか。
まだここにいるので、実感がない。

秋が訪れ、澄みきった空気を感じるたび、なぜだか妙に切なくなる。
小さい頃からそうなのか、それとも小さい頃の思い出がそうさせるのか。
もしくは、もっと個別的な過去のある出来事がそうさせるのか。
それとも、暑かった夏が過ぎ去り、これから迎える冬の寒さを想像する、
その束の間の存在がそうさせるのか。
いづれにせよ、とても好きな季節ではあるのだけど。

来年から日本を離れるからかもしれない。
離れるだろうからかもしれない。
秋の訪れとは別に、このせいかもしれない。

京都に住み始め、6年半が経った。
その間、当然のようにいろんなことがあった。
いろんなところを巡った。
いろんな人に出会った。
よく自転車であてもなくぶらぶらしたり、
鴨川で何をするわけでもなくぼーっと過ごしたりした。

それでもいまだに、どこか借り暮らしという感覚がある。
僕の街、ではない。
とても好きな街なのに、ここに居座らないんだろうなという感覚がずっとあった。

僕は今、とあるゲストハウスに住んでいる。
去年の夏からここに越してきた。
京都市内でのちょっとした引っ越し。
だけど、僕の生活環境は一変した。

ほぼ毎日、誰かがやってきて、誰かが去っていく。
知らない誰かが来るのを待ち、知らない誰かと多かれ少なかれ会話を交わす。
ときには、話し込む。
全く関わらずに去っていく人もそう少なくない。
テレビも置いていない。
ここにいると世間の流れとはあまり関係なく、日々がそのまま流れていく。
たまに、今日が何曜日だったか忘れる。

今日が、10月半ばだという事実に少し驚く。
ヨーロッパから帰国し、3ヶ月経っていた。
震災が始まってから、7ヶ月経っている。

その事実がじわじわと染みわたっている。
日増しに。
忘れるどころか、すぐそばにどっしりとある。
過去の出来事ではないので、忘れることなんて出来るはずがない。
現在進行中の、今起こっている出来事なのだ。
そして、それはもう、少なくとも僕が生きている間、ずっと続くだろう。
どうやったらそれを過去のものにすることができるだろうか。
終わらないことを忘れるには、目をつぶるか、夢の中で生きるしかない。
とは言え、たとえ忘れることができたとしても、現実には何も変わっていないのだ。
今生きている僕らに刻まれたこと。
歴史に刻まれていること。
刻まれてしまったこと。

きっと、このことをしっかり受け止めない限り、僕らは前には進めないのだろう。
もう今まで通りには、戻れないだろう。
今まで通りでいつづけようとすることが、果たしてどんな意味を持つのだろう。

好む好まざるに関わらず、今を生きる日本人全ての目の前にそれは突きつけられている。
これから生まれてくる日本人にも否応なく突きつけられるだろう。

2011年、地震、津波、放射能といった、とてつもなく大きな災害に直面した。している。
それらは僕らの生活に大きな陰を落とした。落とし続けている。
そして多くの大切なものを失った。失い続けている。
ネット上では、多くのさまざまな意見、憶測、数値が飛び交っている。
誰かが誰かを非難する。しあう。黙り込む。
僕らが抱えている問題は、今回の災害の件だけじゃない。
きっと、いろんな問題が複雑に絡んで、潜んでいるのだろう。

もしかしたら、これまで目をつぶっていただけなのかもしれない。
先送り、先送り。
今さえよければ。
なんとかなるだろう。
誰かがなんとかしてくれるだろう。
そんなことより、どうやったら楽してお金を稼げるかな。
この服、飽きたし処分して新しいのを買おう。
ボーナスカットだよ。
年金、ちゃんともらえるかな。
あの芸能人、結婚したんだ。

今思えば、とても平和だったんだと思う。
そしてそれが、当たり前だった。
当然のように、10年後、20年後、50年後の暮らしのことを考えていた。
疑いようもなく、存在していた。
夢の中には。

311以前は、良かった。
あの頃に戻りたい。
あの出来事さえなければ、今頃…

きっと、これから何度かそう思うことがあるだろう。
そして、悔やんだり苦しんだり絶望したりするのだろう。
あのときあぁしていれば…と思うこともきっとあるだろう。

僕はこのことをそのままのかたちで受け止めたいと思う。
悲しみや絶望を感じたとしても、過去に生きたいとは思わない。
無理に今すぐに希望を見いださなければとも思わない。
先は長いのだから。
そしてこのことに対して、起こらなければよかったとか、
これは我々にあたえられた試練だ、というふうには解釈したくない。
僕がどう思おうが、「事実」でしかないのだから。

そして今、あらためて突き詰められていること。

さて、あなたはこの世の中でこれから、どこで、どのように、どうやって、どこに向かって生きていくのか。
生きていきたいのか。

311以前と同じような価値観で生きていくのは、きっと難しいだろうなということは直観でわかる。
捨てなければいけないものもあると思う。
より広い視点で、物事を見ていかないといけないと思う。
だけど、そうすることによって、もしかしたら、より鮮やかになる部分もあるかもしれない、とも思う。

どう“暮らす”かということから、どう“生きる”か。
本質的で、根本的な問題に直面している。
そこには正解はないだろうし、誰も行き先を教えてくれない。

僕は、自分の「生」を、自分でしっかりと担っていきたいと思う。
他人に委ねたいとは思わないし、思えない。
そこだけは譲りたくないし、譲るべきじゃないとも思っている。
その代わり、自分の頭で考えつづけなければいけないだろう。

子供のままでも生きていられた。

今までは。

だけど、そうはいかなくなった。

これからは。

僕らは「大人」にならなければならない。

たとえ時間がかかろうとも。

“変わる”ということについて。

最近、”変わらない”はずだったものが、どんどん変わっていっていることをひしひしと実感する。
頭では、「そんなものはない。」と理解はしていたけど、実際に自らの体験を通し、
実感としてそれを感じるのとそうでないのでは全く違う。

その変化は「社会」のような大きな規模でなくとも、極々個人的な範囲でも起きている。
よくよく考えれば、当たり前のことだ。
僕が歳をとっていくように、あらゆる物事や人は時間の経過とともに変わっていく。
時間だけがただただ流れていくわけではない。

僕はどこかで、”変わらないものがある”と信じていたのかもしれない。
というより、どういうわけか信じたかったのかもしれない。
だけど、今こうして僕を取り巻く環境は、たとえば一年前のそれとはずいぶん変わっているはずだ。
それでも、頭の片隅で”変わらないものがある”と感じていたのは、僕だけがどこかある地点にて
留まっていたからかもしれない。

僕だけがある地点で留まって、回りはどんどんどんどん進んでいく。
待った無しに。

いや、僕自身もずいぶん変わっているはずだ。
むしろ、日々あらゆる刺激を受けている中で、変わらないほうが不思議だ。
それでも、あまりそう感じないのは、「僕」を基準に周りの物事を見て感じているからかもしれない。
年齢や社会的な身分から見た僕ではなく、実感としての「僕」を通してみているからかもしれない。
さらに、その「僕」の実感は、常に「一点」でしか存在しえない。
たとえ、過去を振り返ろうが、未来を想像しようが、遠く離れた誰かのことを考えようが、
それをしている僕は、常に”今ここにいる”「僕」でしかないからだ。

僕じゃない誰かが、どこに行こうが、何をしようが、何を考えようが、僕はそれを常に知れるわけがない。
それはどんなに近しい人であってもそうだ。
そんな誰かも、たとえ変わっていないようにみえたとしても、僕と同じようにきっとどこか日々変わっているはずだ。

僕も僕以外も日々変わっている。
それがたとえどんなに小さな変化だとしても、変わっていることには違いない。
そしてそれが、日々蓄積されていく。

僕の変化を通して、誰かが変わっているということもあるかもしれない。
逆もしかりだ。
そうして、僕も誰かも、いろんな要因によってどんどん変わっていく。

僕と僕以外が変わっていくことで、それに伴いさらに変わっていくこと。
それは「関係性」だ。

ある時点で何かと出会ったとき、そこには何らかの「関係」が生じる。
たとえそれがその場限りのものであったとしても。
それは、自分の意思とは関係なく生じることもある。
そしてその「関係性」は、コンタクトの頻度、行動、時間、距離などによって、デリケートに変わっていく。
出会ったときと全く同じ「関係性」をその後も保てるとは限らないし、そんなことはむしろ稀だろう。

「関係性」というものは、とても流動的で不安定なもので、多くの場合、個人の主観、
過去・現在を含めての経験によりつくられる。
そこには、多くの”偶然性”や外的な要因も含んでいるだろう。
別の「関係性」の影響も受けているだろう。
自分の意志のみでは築けないし、保てないものだ。

こうして「関係性」も日々変わっていく。
いろんな要因によって。
それは、その全てをコントロールしきれないものでもある。
それでもそこに自らコミットしないと、その関係はどんどん遠く薄くなっていく。

「関係性」は”相対的”なものでしかない。
そしてそれは、一方的なものでもなく、”相互的”なものである。
全く固定されていないし、一方的に固定することもできないのだ。

とは言え、そのいくらかを自分が担っているというのは間違いないだろう。
たとえ、その間に多くの偶然性などの外的要因が含まれているとしても。
そんな、それぞれの「関係性」において、自分はどのように、どれほどコミットしているのだろうか。

僕も”あなた”もいろんな要因によって、図らずとも変わり続けている。
そして、その”関係性”も変わり続けている。

変わり続ける中で、僕はこの先、誰とどんな「関係性」を築いていくのだろうか。
たとえ、今あるいくらかの「関係性」を失ったとしても、僕はきっと新たに「関係性」を築いていくのだろう。

目に見えるもの、見えないもの。
そのどちらも、絶えず変わり続けていく。

僕はそれを受け入れていかなければならない。

25年前の言葉

先日、実家に帰りました。
5日間の滞在で、主に撮影をしていました。
僕にとって地元は特別な場所で、他のどこにも変えることのできない唯一のものです。
京都に比べ、地元は涼しく、過ごしやすい8月終わりの5日間でした。

そんなある夜、大学に行く前まで使っていた、海が見えるかつての自分の部屋に置いてあったアルバムをふと手に取ってみました。
僕が生まれたときのアルバムです。
その当時の記憶は当然ながら全くなく、しばらくそのアルバムも見ていなかったので、それがどんなものだったのか全く想像がつきませんでした。

開いてみると、そこには一枚の小さな冊子が挟まれていました。
僕の生まれたときの足形と、両親から僕に宛てたメッセージがありました。
もちろん、生まれた当時の僕は文字を読めるはずも無く、言葉を理解できるはずもありません。
25年前、目の前にいたその小さな子どもの将来に向けた、もしくは自分たち自身に向けた言葉だったのでしょう。

陣痛が始まったときのこと、そして生まれたときのこと、さらに僕の名前の由来について書いてありました。
今よりも25歳若い両親の言葉。
その手書きの言葉は、何だかとても温かいものでした。

25年後の僕が、それを見て、その当時のことをこうして初めて知る。
(今この時点で記憶にないことは、「初めてのこと」とする。)

何だかとても不思議な気分でした。
当時の僕ではなく、今の僕に宛てられた言葉のようで、とても生きていました。

「どんな大人になっているのでしょうか。」
と書かれた言葉を見たとき、まさにその僕がここにいました。

25年という歳月がどれだけのものだったのか、こうして今ここにいる僕には、わかりません。
気づけばこうして今ここにいました。
25年の間の記憶も断片的で曖昧なので、それが長かったのか、短かったのかよくわかりません。
きっと、25年前とは社会情勢も大きく変わっているでしょう。
2011年に対するイメージも、きっと違うでしょう。

ただ、それがどうであれ、こうして僕が今ここにいながらなんとかやっているのは確かです。

25年前の両親はどのような僕の未来を思い描いていたのでしょうか。
そして、こうなることを少しでも思い描いていたのでしょうか。
そんな僕も、いつか両親と同じような気持ちを味わうことになるのでしょうか。

今こうしてここにあること自体が、とても尊いことなんだということに気づかされる2011年です。

帰国から1ヶ月、あれから5ヶ月

ヨーロッパから帰国し、一ヶ月が経ちました。この一ヶ月の間、僕はまだ旅の延長線上にいて、あたまのどこかでは常にヨーロッパでのこと、そしてこれからのことが浮かんでいました。

旅の間、一度しかブログを書くことがありませんでした。それも、ヨーロッパに着いたその日ただ一度。Twitterでは、ときどきつぶやいていたのですが、ブログを書くまでには至らず。どうもそこでのことをうまくことばにできず、そして整理も出来ず、ずるずると今日に至りました。

ヨーロッパでの3週間の間、3日に一度ほど、長距離の移動をし、写真を撮り、小説を読み、音楽を聴き、出会った人たちと話し、ビールを飲み、考えごとをする、といった生活を送っていました。

とは言え、どこへ行くにしても、何をするにしても、手持ちの地図や本だけではどうしようもなく、電車に乗るにしろ、目的地に行くにしろ、買い物をするにしろ、誰かに尋ねないとわからないといったような、その日一日を過ごすことに必死でした。日本では、ごく当たり前のようにしていたことが、当たり前にはできないことが多く、根本的な「生きる」ことを中心に置く生活を送っていました。そのため、一日一日がとても鮮やかで濃く、刺激的でした。

ヨーロッパにいる間、毎日のように「日本」のことがあたまに浮かんできて、否応なしに、それらについて考えさせられました。それは、ふとした何気ない光景がきっかけだったり、誰かと話しているときだったり、小説を読んだり音楽を聴いているときだったり。意識するにしろしないにしろ、日本とヨーロッパの差異から日本という国やその社会の特徴が浮かんできたり、日常との距離から今の日本の現状についても、一歩距離を置いたところから考えさせられました。

日本がどれだけ安全で、清潔で、細やかで、丁寧で、無防備で、潔癖で、神経質で、過保護で、他人に気を配り、他人の目を気にする社会か。

日本とヨーロッパの国の生活を比べてみて、現代社会の中で快適に過ごすためのあらゆるものが揃えられている日本と、現代社会の中で生きていくための基本的なものだけが揃えられているヨーロッパ(もちろん全てがそうではないと思いますが)という印象を受けました。自分のことは自分でする、自分のことは自分で守る、というタフさを多くのヨーロッパの人たちは日本人以上に持っている気がします。一方日本人は、他人に対する配慮や同調性、他人の気持ちを察する力を、ヨーロッパの人たち以上に持っている気がします。このどちらが優れているということではなく、それゆえにコミュニケーションのとり方の差異や、社会のあり方の差異などもある気がしました。そこに差異があるからこそ、飛び込んで一歩踏み込み、自分から知ろうとしていかない限り、そこに馴染んだり、深い関係を築いていくのは難しいんだろうなと思います。

今回、このように日本の外に出たことにより、一層日本という国の社会や文化、歴史に興味を持ちました。大英博物館で日本の歴史や文化の展示を見た瞬間、ハッとしました。今まで見ていた日本のイメージとはどこか違い、それがとてもシャープで洗練されたものに見えました。きっと、日常から切り離された上に、内からと外からを比べたことにより、今までとは違った発見があったんだと思います。また、日本以外の国や人々が見ている“日本像”というものから、とても大きな示唆と可能性を与えられた気がします。僕らは、自分以外の何かと比べることで、自分を確認しているんだと思うのです。自分だけでは自分というものは存在し得ない。

もう一つ、というより、何よりも強く考えさせられたのは、2011年3月11日に起こった、とてもつもなく大きな震災のこと。そして、原発事故による深刻な放射能汚染の問題。これは、3.11以降、毎日考えざるを得なかった大きな問題で、ヨーロッパに行ったために考えさせたということではないのですが。それでも、その“渦中”で一度日本を離れたことにより、日常の中からの視点とは違う、別の視点から考えさせられた気がします。それは、今現在のことよりも、これからのことを中心に置いた視点で。

その中でもっとも強く考えさせられたこと。いまだに止まらない放射性物質の放出と、それによる広範囲にわたる深刻な放射能汚染。日本という小さな島国で起こった、現在のみならず、今後の僕らの生活にも大きな影響を与え続けていくであろう、あまりにも大きすぎる事態。日が経つにつれ、事態が収束に向かうどころか、よりその深刻さと複雑さが見えてきました。

今回、ヨーロッパにいた間に、何度かあたまを過ったこと。

今後さらなる事態の悪化や他の原発事故などにより、もし日本という国の大部分で安全に暮らせなくなったとしたら、故郷や今住んでいる土地を奪われてしまったとしたら、大切な人たちを失ってしまったとしたら、食べたいものどころか口にするあらゆるものの汚染を気にし、海、山、川、大地のすべてを疑わなければならなくなったとしたら。そして、生まれてくるこれからの世代の健康や生活にも大きな負担を与え続けていくとしたら。

もうすでに、僕らはいくぶんかを失ってしまった。それは紛れもない事実。そして今のままでは、僕らは、何事にも変えることのできない、本当に大切なものを深く失い続けていくでしょう。

いくら節電に心掛けたとしても、いくら経済活動に励んだとしても、いくら健康に気をつかったとしても、いくら毎日を楽しもうとしたとしても、根底の部分を失ってしまっていては、それはとても空虚なものになるでしょう。

果たして、見えない、聞こえない、臭わない、味がしない、触れられないものに対し、どのように気をつけていけばいいのでしょうか。それを感知するための機器を常に持ち歩きながら暮らしていくべきなのでしょうか。それとも、このことを“無かった”ことや“終わった”こととし、目をそらして気にしていないかのように振る舞い、何事もなかったかのように、今までのように暮らしていくべきなのでしょうか。

「そこにあるもの」から、「そこにあったもの」へ。それは自分たちの手によって自ら失ってしまった。悔しいし、悲しいし、辛いけど、この現状を真正面から受け止め、この先、どこに向かおうとするのかを真剣に考え続けていかなければならない。そして、失いながらも、強さを持ち、このことを背負い、コミットしていかなければならない。

この事態を自分事として受け止め、自分の暮らしの中から見つめ直し、本当に必要なものや失いたくないものが何かを考えていけば、自分なりの関わり方が見えてくるんだと思います。

 

こうしている今も、僕らは“渦中”にいる。

 

新しくブログを始めました。

新しくホームページを作成していることに伴い、新しくブログも作成しました。

今後、ブログはこちらで書いていきますので、よろしくお願いします。

 

いきなりではありますが、現在、僕はパリにいます。

ということで、こちらは今、夜の21時を回ったところです。

なんと、まだ日が暮れていません。

 

2日前からこちらに来ており(日本から20時間もかかりました)、

あちこちを転々としながらヨーロッパに3週間滞在する予定です。

フランス、ロンドン、ドイツを回ります。

さらに、明後日からは南フランスのアルルで行われる、アルルフォトフェスティバルの

ポートフォリオレビューに参加します。

それが今回の旅のメインテーマです。

7月4日から6日の3日間で、10人のレビュアーに作品を見ていただきます。

とてもぎっしりとしたスケジュールです。

少し緊張しています。

レビューやアルル自体の様子についてもまた書きたいと思いますので、

よろしくお願いします。

 

今回は、ほぼ初海外で、しかも一人旅です。

こうして海外に出てみたことで、日本での生活のことや日本自体のことをたくさん考えます。

日本を離れてまだわずかしか経っていませんが、いろんな違いを感じることにより、

それらのことをついつい考えてしまいます。

まだうまく言葉にできないので、また改めてそのことについて書きたいと思います。

そこには、(僕にとって)いいなと思う部分もたくさんあります。

 

やはり、なんと言ってもアルルが楽しみです。

すごく楽しみであると同時に、緊張します。

なんとしても作品のコンセプトを伝えきりたいと思います。

ベストを尽くせるよう頑張ります。

 

3週間後、僕は何を得ているのでしょうか。

何を持って帰れるのでしょうか。

何を学んでいるのでしょうか。

そして、何を求め始めているのでしょうか。

 

それでは今日はこのへんで。

また気が向いたときに書きたいと思います。

 

追伸

今日行ってきた剥製屋「デロール」がものすごく良かったです。

http://www.deyrolle.com/

圧倒的な存在感と強さを持っている剥製ばかりで、鳥肌が立ち、しばらくそこから出れませんでした。